子犬とお姉さま


柔らかい日差しが辺りを照らす。
眩しさに目を細めながら見上げると、そこには雲一つない澄み切った青空。
太陽の位置はまだ高い。そう、一日はまだまだこれから。
風に揺れられた木々の葉が、さわさわと優しい音色を奏でて耳を擽る。
妙にくすぐったくて、祐巳は小さく体を捩った。

終わりかけの夏を体全体で感じて、隣には大好きなお姉さま。
たったそれだけの事なのに、祐巳は何故だか幸せな気持ちで一杯になれるのだった。
こうして何の変哲もない道路が、世界が、お姉さまと並んで歩くだけで輝いて見えるのは。
きっと祐巳だけにかけられた、お姉さまの魔法のせい。
・・・だったりして。

「祐巳、貴女さっきから何にやにやしているの。気持ちが悪いからおやめなさい。」
「・・・。」
そして、一年を通して頭の中が春真っ盛りの祐巳を強制的に現実へと連れ戻す事が出来るのも、多分お姉さまだけ。
ピシャリと投げられた冷たい言葉に、祐巳は気付かれないように頬を膨らませた。
いくらなんでも、可愛い妹に向かって気持ちが悪いはないのではないか。
「今日はお姉さまのお宅にお邪魔させて貰えるんですから、いいじゃないですか・・・少しくらい。」
わざと拗ねたように呟いて見せると、お姉さまは自分のタイに視線を落として笑った。
「別に特別な事じゃないでしょう。貴女が家に来たいのならば好きなだけ来たっていいのよ。」
「何度行ったって、嬉しい気持ちに変わりはありません。」
飛び跳ねるように、一歩、また一歩と踏み出す。
同時に、祐巳の心もぴょこりと弾んだ。

勿論、お姉さまに注意されない程度に、歩幅は小さく。


今日は特別授業だったので、学校はいつもより随分早く終わった。
山百合会の仕事もなかったので、これから令ちゃんとお出掛けするのだとうきうきしていた由乃さんと一緒に
帰宅しようとした祐巳を校門で待っていたのは、お姉さまと、家へ来ないかと言う、嬉しいお誘い。
あからさまに元気になった祐巳を見て、露骨に呆れてみせた由乃さんの顔を思い出した。
でも、令さまとの約束で一日中機嫌が良かった由乃さんだって、祐巳とそう変わりはないのだ。


「うわあ。」
ぼんやりしていると、靴下よりも上の部分の肌に、突然何かが触れた。なんだか、ふわふわとした物が。
大声を出して立ち止まった祐巳に驚いたお姉さまは、胸を押さえてなんなの、と祐巳を咎める。
「い、今足に何か・・・。」
恐る恐る自分の足を目で辿っていくと。
「・・・犬?」
「・・・犬、ですね。」
祐巳の二本の足元には、目を丸くしてちょこんと座っている子犬が居た。

「どうしてこんな所に犬が。」
怪訝そうに呟いて、お姉さまは半歩後退さる。もしかして怖いのかな、とぼんやり思った。
「野良犬でしょうか。」
一度に人間二人の注目を集めても、子犬は平然と尻尾を振っている。
茶色に近い赤毛。大きな黒い瞳。可愛らしく覗く、小さな舌。
野良犬とは思えない程、その子犬は清潔に見えた。
「もしかしたら飼い犬かもしれませんね。ほら、おいで。」
腰を屈めて、手を伸ばす。
それを見たお姉さまが、慌てて祐巳の腕を掴んだ。
「噛まれたりしたらどうするの。」
「平気ですよ、お姉さま。」

指先が子犬の鼻先に触れた、その時。


「いたっ!」
「祐巳!」
・・・噛まれた。じゃれただけなのかもしれないけれど、結構痛い。
すぐに手を引いた祐巳を、子犬は悪びれる様子もなく見上げている。
「だから言ったじゃない。噛まれた所を見せなさい。」
「・・・血も出ていませんし、大丈夫です。」
驚かせちゃってごめんね。
今度は出来るだけゆっくりと子犬の頭を撫でると、その子は匂いを嗅いでから祐巳の手をペロペロ舐めた。
「わ、可愛い。謝ってるのかな。」
暫く犬の好きにさせて指を舐めさせていると、ずっと黙っていたお姉さまが無愛想に言い放った。
「もういいでしょう。置いていくわよ。」
それから本当にすたすたと歩き始めてしまったので、祐巳も慌てて立ち上がる。
「お、お姉さま。待って下さい!」
右足を踏み出して、思い出したように振り返る。
「またね。」
小さく手を振ると、その動作を真似たように子犬の尻尾も揺れた。

お姉さまの部屋は、広いけれど意外とシンプル。
でもそこに気品や優しさが漂っているようで、祐巳はその部屋がとても好きだった。
何度訪れても、その印象は変わらない。

祐巳がお手洗いから戻って部屋に入ると、お姉さまはカーテンの傍に立って外を眺めていた。
ドアを閉める音で祐巳が来た事は分かっているだろうに、ちらりともこちらを見ようとしない。
そういえば、子犬と遊んでからお姉さまはずっと不機嫌。
そんなにあの犬が怖かったのかな。可愛かったと思うけれど。
でも、あんなに小さな子犬にさえ怖がるお姉さまは、もっと可愛い。
あ、だけど確かに子犬と戯れるお姉さまなんて、あんまり想像出来ないかもしれない。
どちらかと言うと猫の方が・・・


「・・・清子おばさまは、今日はいらっしゃらないんですね。」
「ええ、出掛けているわ。」
放っておくと妄想の世界に旅立ってしまいそうだったので、祐巳は言葉を発する事で自分にストップをかけた。
カーテンを閉めて太陽の光を遮ると、お姉さまはベッドに腰掛ける。
「ちょっといらっしゃい。」
「はい?」
呼ばれるままにベッドに寄って行くと、お姉さまは祐巳の手を取って、まじまじと見つめる。
先程犬に噛まれた、まだ薄く紅い痕が残っている中指の先を。
「もう痛くないから、大丈夫ですよ。」
その証拠に、指の関節を軽く曲げて見せた。
けれどお姉さまの眉は、益々吊りあがっていくばかり。
「・・・気に食わないわ。」
「は?・・・なっ、なんでタイを解いてるんですかっ!」
シュルシュルという効果音を乗せて、あっという間に制服の襟元がはだけた。

「なんなんですか一体!」
驚く祐巳をベッドに座らせて、お姉さまは祐巳の中指を口に含む。
「お、お姉さま・・・?」
生暖かい口腔の感触を感じる間もなく、軽く甘噛みされる。
それはとても軽くだったけれど。
子犬に噛まれていた事もあって、針で刺されたような小さく鋭い痛みが走った。
痛みに顔を歪めた祐巳を見て、お姉さまは満足気に指から口を離す。
それから祐巳のスカートに手を乗せると、
「脱ぎなさい。」
頭の上にはてなマークをいくつも浮かべている祐巳に、お姉さまはそう言った。


「どうしてこんな事に・・・。」
いけない。
思ったことが、つい口から出てしまった。
制服を脱いでから下着姿でベッドに横たわっている祐巳を覗き込んで、お姉さまが笑う。
「どうしてこんな事に?だから今からそれを教えてあげるのでしょう。」
脇腹に、爪で線を引かれる。
堪らなくなって布団に潜り込むと、お姉さまもシーツを捲ってすぐに追いかけてきた。
「く、くすぐったい。やめて下さい!」
「やめないわ。」
お姉さまは笑いながら、祐巳の背中に唇を落とした。柔らかな舌が、背の骨をなぞり、肩まで辿りつく。

くすぐったさとはまた別の、新たな感覚が姿を現した。
「ん・・・。」
「・・・外すわよ。」
ブラのホックを外して、長い指が祐巳の胸を包む。
「あ・・・ん・・・。」
片方の手の指は、臍の周囲。
もう片方手の指で胸の中心にある突起の周囲をしつこく撫で続けながら、お姉さまは耳元でひっそりと囁いた。
「犬が人間を噛んだ後に舐めるのは、反省して謝っているからじゃないわ。」
「んっ・・・ぁっ・・・ぇ?」
「自分の方が強いのだと言う事を知らしめる、支配性を表す行為。」
心なしか指の力が、強く籠められたような気がした。
臍を撫でていた指が、ずっと下の方へ滑ってショーツへと到達する。
「腹が立つでしょう、そんなの。」
「ぅ・・・ぁあっ!」
仰向けに転がされて、お姉さまの唇が祐巳の突起を挟んだ。


わざと音を立てて吸いつくお姉さま。
祐巳の頬が紅く染まったのを確認すると、お姉さまは小さく口元を歪ませた。
「や・・・ぁっん・・・!」
甘い刺激が神経に直接絡んで、祐巳は体を震わせる。

いつもよりも愛撫が忙しく思えるのは、祐巳に支配性を示した子犬に向ける、お姉さまの嫉妬のせい。
そう分かると、嬉しいような恥ずかしいような、浮かれた気持ちに祐巳はなるのだった。
「何がおかしいのか知らないけれど。」
一人で頬を緩ませていると、いつの間にか胸から口を離したお姉さまが祐巳を見て不愉快そうに呟いた。
「笑っていられるのも今の内よ。」
「・・・やっ!」
ショーツの上から、ぐっと親指を押し込められて、祐巳は大きく声を上げた。
「余計な事考えている暇なんて、与えてあげないから。」
そこが濡れているのをショーツ越しに確認して、お姉さまはその中に手を素早く潜り込ませた。
「あっ!ふっ・・・ぁあっ!」
既に硬くなっている中心のそこを、舐るように指を何度も往復させる。
痺れるような快感が下腹部を攻め立てて、祐巳はギュッと目を瞑った。
「祐巳・・・。」
祐巳の頬に口付けてから、お姉さまの指は祐巳の中へ。
「ああっ・・・あっ!あっ・・・っねえ・・さまっ!」
鈍い水音と共にすんなりと奥まで入ったそれは、祐巳を抑え込むように圧迫して。
「いっ・・・あ・・・っ!あああっ!!」
溢れる想いが体の外へ流れ出すのと似たように、祐巳の体はビクリと跳ねた。



「・・・折角お姉さまのお部屋でゆっくり話が出来ると思ったのに。」
帰り道。
駅まで送ると言ってついて来てくれたお姉さまと並んで、祐巳は呟いた。

あれだけ高い位置にあった太陽が、今はもうどっぷりと沈んでいる。
空は赤く染まっていたけれど、世界を照らす輝きは、少しも減ってなんかいない。
それはつまり。やっぱり、隣にお姉さまがいるからで。

不満気な祐巳の視線を受け止めて、お姉さまは目を細めた。
「また来ればいいでしょう。」
「そうは言いますけどね・・・。」
あれ?祐巳は立ち止まり、ふと後ろを振り返った。
すると人目を避けるように道路の脇に座っていたのは、さっき見た赤毛の子犬。
「祐巳?」
「あ、今行きます。・・・ごめんね。」
小走りでお姉さまに駆け寄りながら、祐巳は心の中で子犬に話しかけた。

今は構ってあげられないんだ。
またお姉さまに拗ねられると、後が大変だから、と。


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